そもそもなぜ不動産賃貸業を始めようと思ったのか?

この記事を執筆しているのが2020年2月。

2005年から個人事業主をスタートし、同年に会社を立ち上げた。そこから約15年の月日が流れたわけだ。

起業駆けだしの頃は右も左もわからず、ビジネスの基礎もなにもなく、ただひたすらがむしゃらに数撃ちゃ当たる理論で思いつくことを片っ端から試すスタンスだった。

手始めにスタートしたのが直販方式の代理店ビジネス。サラリーマン時代は約10年もの間倉庫に入っていたため営業なんてやったこともなかった。それでもやるしかなかった。

手当たりしだいに人に声をかけた。電車の中、飛行機の隣の席の方、ヤマダ電機の販売員の方などなど。おそらく沢山の人にも迷惑をかけた。

それでも睡眠を犠牲にし、自分をビジネスに憑依させた結果、初年度からいきなり5000万円の売上をあげた。いや、「上げてしまった」と表現したほうがいいだろう。

つい最近まで月収20万円そこそこの勤め人をやっていた男がいきなり10倍以上の収入を得てしまったわけだ。

言うまでもないが、なんの基礎も土台も根っこの理念もない、お金だけを目当てに突き進んだ人間が突然こんな大金を得てしまうと、行き着く先は超高確率で「勘違い」を起こすことになる。

ピノキオも悔しがる高い鼻をこしらえた僕は、日に日に変わっていった。

その様相はまさに「神」。自分以外の人間はクズだとすら思っていた。特に勤め人。人にこき使われて大したお金も稼げず、社会の一パーツとして働く人間を完全に見下していた。

当時、28で結婚し生涯を賭して添い遂げると誓っていた妻がいた。

旦那の収入が上がろうが特に何も変わること無く過ごす妻。かたや日に日に変貌していく旦那。

こんな状態が続く中で夫婦生活はどんどん変化していった。有頂天を極めていた僕にはそれに全く気がつくことができなかった。

そして突然の別れを告げられ、一瞬にして妻を失った。起業してからわずか10ヶ月目の頃だった。

破産は突然やってくる

お金だけは沢山掴んだのに、今振り返れば失ってはいけないものを僕はポロポロとこぼしながら、それでも仕事に邁進していき、残酷なことに収入だけはどんどん増えていった。

起業してから3年、順調にビジネスを伸ばしていった僕は新しいことにもどんどんチャレンジし、収入を拡大させていったが、既に株式投資やFXの世界にも入っていた。

ビジネスで大きな収入を得ながらそれらをほぼ全額投資へと突っ込んでいき、気がつくと毎月1000万円以上のお金が何もしないで入ってくるようになった。

金持ち父さん貧乏父さんに刺激を受けてスタートした独立、当時はいわゆる「権利収入」なんて夢のまた夢だと思っていた僕にとって、早すぎた不労所得。

しかしそれは全く権利収入でも不労所得でもなかった。それくらいお金に対する知識がなかった。

そしてそれら投資に投じていたお金は、2008年のリーマンショックの際に一瞬で吹き飛んだ。吹き飛ぶだけならまだしも、高いレバレッジを掛けていたため、驚くような負債を抱えることになったのだ。

当時の僕には何が起こっているのか全く判断できなかった。なぜ億というお金を持っていたはずなのに一夜にして俺は借金まみれになっているんだ?一体何が起こったというのだ…。

血の気が引く瞬間というのはそうそう味わえるものでもないし、味わいたくもない。

でも血の気が引くどころか、本当に何が起こっているのか理解することができなかった。現実を受け入れることができなかったわけだ。

従業員も抱えていた僕は翌日から借金返済生活に突入することになる。そして人生とはよくできているもので、何かが崩れた瞬間に雪崩のように負の循環を巻き起こし、事態は悪化の一途をたどった。

収入は途絶え、貯金も尽き、周りから人々が去り、明日生きていくことさえままならない生活へと突入した。

当時は神戸に身をおいていたが、食事を買うお金もなく、三宮のそごう、大丸の地下食品コーナーの試食で飢えをしのいだ。

借金が返済できないのはおろか、家賃も払えない、光熱費すらも払えない。僕は34にして初めていわゆる「日雇いアルバイト」を経験した。

ちなみにマンションのドアを担いで運ぶ現場に入った際に、トラックの上から思いドアを数枚肩の上にいきなり乗せられた僕の肩は、ジェンガのように外れて崩壊、働きに行ったのに治療代で大きなマイナスを被った経験は良い思い出だ。

あるときは住んでいる目と鼻の先にあったヤマト運輸の営業所、そこで見つけた「ドライバー募集」の張り紙を見て応募、見事に落選した。

「あれ、オレついこの前まで9桁の資産を持っていたはずなのに、アルバイトの応募で面談も受けられずに落ちるって…。世の中って面白いな!」

この時に社会の構造を垣間み、いかに自分が愚かで思い上がった考えをしていたのかを嫌というほど味わった。そしてなんだか笑えてきた。

それでも金利とともに雪だるま式に増える借金、日々の生活費をなんとか捻出するために、車を売り、できることは何でもやり、毎日駆けずり回って仕事を探した。

ちなみに税金を滞納し続けると、消費者金融も真っ青の恐ろしい金利がついて国から請求が来るので気をつけたほうがいい。

この間約5年。正直どのように生きていたのかあまり記憶にない。

すべてを捨てることに

毎日借金の返済に追われ、それでも知り合いのつてをたどって仕事を紹介してもらい、その中でビジネスを展開し、なんとか歯を食いしばって借金を返し続け、すべての借金を完済することができた。金額にすると数千万円。

その時にやっていた事といえば、毎日まいにちどこかのカフェや相手のオフィスへ足を運びアポイントを繰り返し、手帳に予定が埋まらない日々に怯えながら営業を繰り返した。

そして独立してから7年の歳月が流れた2012年。とある顧客に夜中に公園に呼び出されて思い切りケツを蹴られた。僕の営業行為に納得が行かない、というのが理由だった。

更にその後、朝方までピーナツを投げつけられながら説教を受けることになる。

もちろん相手側にも正当が理由があったし、今思い出してもわからなくもない。

けれども当時の僕は、もう何もかもが受け入れられなくなっていた。

「なぜこんな思いを続けなければならないのか?」

頭の中はこの一点のみ。一切の娯楽のない、ただただひたすらお金のことだけを考え、借金を返済し、下げたくもない頭を下げて営業を行う。

一体何のために俺は独立したんだ?こんなことならまだサラリーマンのほうがましではないのか?勤め人やっている人のほうがよほど人間らしい生活をしているではないか。

この時僕は初めて自分の愚かさに気がついた。あれほど馬鹿にしていたサラリーマンでも、ちゃんと家族を養い、子供と游び、幸せな生活を送っている。

それに比べて自分はなんだ、ただのお金の奴隷じゃないか。

人にお尻を蹴られながら仕事を続けることに意味なんてあるのか?もういっそのこと死んでしまったほうが楽なのでは…。

この頃は毎日自殺も考えていた。アポイントに向かうため、阪急電車のホームに立つたびに、今このホームに飛び込めばどれだけ楽だろう。

それでも怖くて飛び込む勇気は僕にはなかった。住んでいたマンションから飛び降りることも何度も試そうと思った。けれども恐怖に負けてそのままベッドで泣き続ける日々を過ごした。

それでもこのケツを蹴られた時に、僕の中で何かが弾け飛んだ。

もうこんな生活とは絶対におさらばするんだ。絶対にここから抜け出してやる。何が何でももう一度這い上がってみせる。

固く誓った僕は、ケータイ電話のアドレス帳をすべて消去、その日を皮切りに家から一歩も出ない日々を送ることになる。

初めて「自分の力で収入を得た」と感じることができたWebの業界

家に閉じこもり、引きこもったはよいが、このままでは餓死にする。

既に親にも100万円単位で借金をし、これ以上どこからもお金を捻出することができない状態になっていたが、自分とは別の会社で名ばかりの代表取締役をしていた事業があり、そこの集客は引き続き行わなければ行けない状況だった。

家からは出たくない、人にも会いたくない。そもそも連絡帳は削除しているし繋がりも持てない。

そこで考えたのが「インターネットを使った集客」だった。

HTMLやCSSなど当然分からないし、無料ブログで文章を書く程度が精一杯だった僕が見つけたのが「ワードプレス」だった。

今では当然のように誰もが使いこなすワードプレスだが、独自ドメインを取得し、サーバーを借りて、そこにワードプレスを設置する、という一連の作業、今のように「簡単インストール」なんてなかったように思う。

この作業に頭がおかしくなるほど四苦八苦しながらなんとかブログを設置できた僕は、この日から狂ったように文章を書きなぐり続けた。

睡眠時間は平均1~2時間、風呂とトイレに入っている間も勉強し、寝ていてもアイデアを思いついて飛び起き机に向かって文章を書き続ける。

完全に脳みそが覚醒していた。これを僕は「憑依モード」と読んでいる。「ゾーン」や「トランス状態」と呼ぶ人もいる。

ちなみにこのときのことを動画でも語っている。

すべての仕事で100%上手くいく方法 #57

1ヶ月目の収入はわずか700円だった。

それでもこのときの感動を僕は今でも忘れられない。

今までは誰かと関わり、誰かの力を借りて、誰かとともに動きながら仕事をするスタイルで収入を得ていた。自分の力100%ではなかった。

※もちろんサーバーを借りたりドメインを買ったりなど、WEBの仕事も間接的に誰かの力を借りていることは言うまでもない。

2ヶ月目は1,700円。3ヶ月目は3,000円。額でみればアルバイトをしていたほうが100倍マシと言えるが、僕の喜びはアルバイトのそれを1億倍上回るほどの感動があった。

自分の書いた文章で見ず知らずの誰かがモノを買ってくれている。

この3ヶ月目に僕の中で不安は確信に変わった。「これは凄いことだぞ。確実に行ける!」と。

そして4ヶ月目に収入は6万円になった。前の月の約20倍だ。

寝食を完全に捨て去った僕はその後も手を緩めることなく文章を書き続けた。

この状態を8ヶ月続けた。

つまり、1日22時間×30日×8ヶ月だから、約5280時間の時間を費やしたわけだ。

その結果、僕の収入は月収で100万円を超えた。

SEO業界もやはり人の力に頼り切ったプラットフォームビジネス

WEBサイトを作ってどこかの企業のサービスを紹介し、販売できれば一定の報酬を得られるシステム。いわゆる「アフィリエイト」ビジネスモデル。

月収が100万円を超えたあとも僕は文章を書き続け、そして収入を伸ばしていった。今度こそ有頂天にならずに腰を据えてじっくり仕事と向き合おう。

そう思って、それでも人から見れば気楽な生活も送りながらやっと人並みの生活を手に入れる事ができた。

独立してから9年目。ここまで色々経験してきたが、やっと少し地に足がついたのかな。100%自分の力なんておこがましいことは言えないけど、ある程度は自分の力で収入を得られるようになったのかな。

そう思っていた。

しかしWEBビジネスを続けて3年目のある日、それは起こった。

順調に収入を上げ続けていたWEBサイトたちが、いつもの検索順位にいない。

朝起きたら数万円という収入が上がっていたASPの管理画面もゼロのままだ。

「あれ、何だこれは…。何が起こった…!?」

この時、独立して3年目に全ての資産を投機で吹き飛ばしたときの経験がふつふつと蘇り、体中の血液が逆流するほど血の気が引く思いをした。

SEO(Search Engine Optimization)のビジネスモデルは、Googleの検索結果で上位表示されればされるほど収入が上がるようにできている。

そして運営会社のGoogleは日々アルゴリズムのアップデートを行い、よりより検索結果を表示することに努めている。

僕のサイトはこの日、Googleから「無価値」と判断されたわけだ。

それまで自分が作ったWEBサイトたちには絶対的な自信を持っていた僕に、また慢心があったわけだ。

どれだけ自分が良いと思っていても、それが客観的、つまりGoogleのアルゴリズムで評価されなくなればまさに「ゴミ同然」の状態になってしまうわけだ。

自分なりに勉強、研究してやりきっていたと思っていた方法が一瞬で全てを否定された形だ。

この日ばかりは3日間ほど寝込むことになったが、幸いにも以前と比べて行きていくだけの蓄えはある。3日間寝込みながらぐるぐる頭を悩まして出た結論は「もう一度向き合うしかない」だった。

そしてまた来る日も来る日も文章を書き続け、たるみ始めた自分の生活を戒め、作業に没頭していった。

そして収入が戻るまでに手を動かし続けて安心するとまたアップデートがやってきてサイトが検索結果からいなくなる。また手を動かす。アップデートで飛ばされる。

これを幾度となく経験してそのたびに心を痛めた。

要するに自分の力で収入を勝ち取ったと思っていた僕は、ただ単に他者のプラットフォームの中でつまみを少しひねられたら吹き飛んでしまうような脆弱なビジネスモデル上で踊っていただけだったわけだ。

一度目の離婚から10年以上が経過し、僕には妻も子供もいた。もうひとりで気楽に過ごして、だめになったらアルバイトでもしてなんとかしのいでいこう、なんて状況ではなかった。

家族に対しての責任というよりは、仕事はもちろん、家族になってもらうと自分自身で決めた自分への責任をもう放棄したくないし、かなぐり捨てるつもりもない。

このままSEOの業界で身を置き続けるには、あまりにも自分の力が足りない。とは言えこの業界で自らを研磨し続けてもおそらく先細っていく可能性は高いだろう。

そう考えた僕は、三たび収入を得る方法の見直しを図る必要性に迫られていた。

とあるブログとの出会いが方向性を決める

なにか自分自身でできることはないか、そう模索し始めたのが2017年11月に行われたGoogleのアップデートだった。

今度こそ自分の持てる力を最大限に発揮して満を持して作ったWEBサイトが検索結果からいなくなったときだった。

とはいえ、5年もの間ひたすら文章を書き続けた僕に取れる選択肢は多くなかった。また一から営業型のビジネスに向き合うつもりもなかった。

悶々とする日々を過ごしながら日々PCの画面と向き合う日々。そして年度は代わり、2018年に同業のかたが書いていたブログに目が止まった。不動産投資の実績を綴る内容だった。

不動産投資だなんて微塵も頭になかったが、その内容からあふれる楽しそうな情報に心を奪われた。

これ、もしかしたら自分でもできるのでは?

そう思ったのが2018年の3月。

よし、自分でもやってみよう。

そう思った僕はすぐさま動き出し、2ヶ月で不動産会社を80社訪問し、都内の銀行に片っ端からアクセスして自分に融資を出してくれるのかどうかを聞いて回った。

けれども時は不動産価格が最も高いと言われた時期。僕の手元に来る物件情報ではとてもじゃないけど安定度の低いものばかり。そして自営業者に対する銀行の風当たりも強く、お金を借りられるアテもつかなかった。

ココからの情報が下記記事に繋がるのでもしよければご一読いただきたい。

あうんちゃんねると自社・自分の方向性や今後

この記事を執筆しているのが2020年2月。初めて物件を買えたのが2018年8月。入居が決まったのが2018年12月。

僕が大家さんになってからまだ1年と少ししか経っていない。

不動産投資を始める!と決意したのが2018年3月。

ここから数カ月間で一気に約600万円を突っ込んで大家の会やコンサルティングサービスに片っ端から入ってみた。

ちまちま勉強している時間がもったいなかったためだ。超時短して一気に不動産投資を習得したかった。

いいサービスもあったし、100万円単位で対価を払って受けたサービスのおかげでその月から一気に買い進められたりもしたのでそこには感謝している。

しかしほとんどは正直あまり人に勧められるような内容ではないと「個人的に」感じた。

既にこの元は取りきって余りあるほどの知識と情報、立ち回り方、そして収益も得ている。

現時点で持っている物件は戸建4棟、アパート2棟。

今はスピードをつけて購入していくことに重きをおいてはいないが、まずは最低家族がご飯を食べていくだけの収入は確保しつつ、WEBの仕事も並行しながら、少しずつ、一歩ずつ着実に進めていきたいと考えている。

現時点で戸建再生の会員制コミュニティも運営できるようになり、メンバーの方も50名を超えてきた。

自分の力だけでと思い上がった考えを持つことなく、すぐに調子に乗りやすい性格を戒め、入居者さん、各不動産会社のかた、力を貸してくれている職人さん、工務店さん、コミュニティを一緒に運営してくれているかたなどなど、しっかりと人に向き合い堅実に仕事を進めていきたいと思っている。

年齢だけで見ればもう若年者の育成にあたるべき領域に入ってきているが、自分自身がまだ若輩すぎるゆえそれはなかなかかなわないという情けない状態ではあるが、とにかく関わる人を大切にし、目の前の仕事にしっかり目を向けていきたい。

また、不動産賃貸業を通じて「モノづくり」がなんなのか、これにやっと少し手が届き始めた気がしている。

仕事においてはここまでの歴史を読んでいただければ分かる通り、理念やコンセプトは希薄で、どちらかというと受動的。

いや「生きるために必死にあがき、もがき続けている」と言っていいだろう。

けれども、「家を創る」という点にかけては、地域で完全オンリーワンの物件を生み出し、入っていただく入居者の方に満足してもらいながら末永く住んでもらいたいという想いが強い。

2005年に立ち上げた有限会社モノクリエイトの社名も、モノづくりを通じて自分を表現し、それが結果として社会に受け入れてもらえたらいいなと思って命名した次第だ。

2020年1月に完成したリノベ戸建
【古民家再生】カフェ風リノベ戸建

また当ブログ「あうんちゃんねる」においても、自分の体験や経験ベースを元に、完全オリジナルの情報を発信し、読んでくれる方々になにか少しでも気づきやヒントが得られればと思い、筆を進めている。

アニメで何が好きか?と言われたら真っ先に「ドラゴンボール」を挙げる。しかしいつしかそれは仲間とともにでっかい夢を叶える「ワンピース」に移り変わった。

そして今この令和の時代に、とにかく大きなテーマはないけど、生き抜くため、そして妹の禰豆子(ねずこ)を人間に戻してやりたい一心のために西へ東へ奔走する主人公炭治郎のやさしさが大ヒットを生み出している「鬼滅の刃」へと変わった。

もちろん僕も鬼滅の刃は全巻持っているし、大変恐縮かつ僭越ながら、ただただ必死に生き抜こうとしている炭治郎に大きなシンパシーを重ね合わせて楽しんでいる。

まだ読んでいない人はぜひ読まれたし。

鬼滅の刃1巻~18巻
鬼滅の刃」おすすめだ

そして、今後とも末永くこの「あうんちゃんねる」を見守っていただければこんなに嬉しいことはない。

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運営責任者山本英雲
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